2013年04月

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無縁・公界・楽―日本中世の自由と平和 (平凡社ライブラリー (150))無縁・公界・楽―日本中世の自由と平和 (平凡社ライブラリー (150))
(1996/06)
網野 善彦

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網野先生の名著、この当時はまだ曖昧な事例も多く、後に判明した史実もあるようだ。
近年では、網野史学のテーマ「無縁」を引継ぎ発展させた若手の研究者もいるようです。
その急先鋒が下記の伊藤氏。

寺社勢力の中世―無縁・有縁・移民 (ちくま新書)寺社勢力の中世―無縁・有縁・移民 (ちくま新書)
(2008/08)
伊藤 正敏

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無縁所とはなにか?   無縁所=境内都市 (≠自治都市)
本書は、この題材を軸にして、中世の寺社勢力(関連古文書)からこの謎を読み解く。
新書で出版するには、勿体ない内容である。

境内都市を基盤に営利活動を行う寺社勢力。

先の「無縁・公界・楽」にも記述のある中世法「墓所の法理」
これを発展させ、中世最強の不可侵法として「仏陀法・神明法」を確立させた中世寺社勢力。
無縁所(境内都市)に身をおきながら、この法を武器に、権力構造へ迫る。

叡山「嗷訴」、日吉神輿の動座
これらの集団的もしくは、呪術的威嚇を交渉手段の一つとして用いる寺社勢力=寺僧・神人

本書ではいわゆる宗教者同士の派閥争い的な逸話として下記の寺社間抗争を取り上げている。
二条天皇葬儀中における「延暦寺VS興福寺」抗争では、清水寺を焼き払う。
葬儀=死のケガレにも拘らず。 ましてや、朝廷における葬儀にも拘らずである。

当時の一般的な「ケガレ」は、公家・武士にとっては畏怖の対象であっても、
無縁所・境内都市に属する、寺僧・神人にとっては忌避する対象とすら見ていない。

この時代、寺社間の抗争は日常茶飯事であって特別なことではない。
換言すると、これら寺社勢力=寺僧・神人にとって、「山門vs寺社」 間での争いによる神罰などは、
全く恐れていないということである。

また、焼き討ちについても同様で、中世において「火」 もケガレの対象のはずである。
しかし、山僧・神人は神罰を恐れないので、これらの「ケガレ」も容易に踏み越える。 
もはや寺僧といえども、神聖なる宗教者としての面影はない。 合理的な経済人である。 
 
これら(墓所の法理、仏陀法などの)検断不入権も、武士による不正な検断得分権から弱者を保護する
対抗措置として、機能していた側面もあるようだ。  
 但し、そのような権利を主張するからといって、無縁所・境内都市内が完全保護区域とは限らない。本来、この「無縁所」は、有縁世界から閉ざされた、自由競争にさらされる弱肉強食の世界なのである。 自力救済できないものは、生きていけない。

同じ境内都市内の居住民でも、「学侶>行人(堂衆)>聖」の間に カーストのような身分制度も形成していたようだ。
「聖・高野聖」は一種の下層流入民として取り扱われていた。この「聖」 と同格もしくは、それ以下の最下層民が「神人」だったのかもしれない。

また、学侶と行人の抗争は源平内乱の引き金にもなっていたようだ。このあたりが、自分の世代は日本史で曖昧に教育された史実だ。 しかも、この後、行人と学侶の立場に変化がおとずれる。有縁世界より、一足先に下剋上が始まる。それと同時に寺社(境内都市)内の身分制秩序も崩れ始める。南北朝実力主義の到来である。 

巻末は、下剋上の代表格である斎藤道三と、中世の革命家にして独裁者である織田信長、
家臣にして、中世最後の権力者豊臣秀吉の「刀狩」で締めくくられる。
「刀狩」 も教科書には書かれていない観点が中心である。
 
「おわりに」では、近代における「無縁」について触れている。
シェイクスピア、義経と弁慶、あしたのジョー、『麻雀放浪記』、遊郭吉原までジャンルを問わず扱うところが、砕けていて面白い。

 
 
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