2012年09月

Decadence

 ソクラテスの遺言『アスクレピオスに鶏一羽借りがある』 という一節があるそうです。そもそも、ソクラテスは一生を通じて病気になったことがなく、アスクレピオス医師団の治療を受けてもいないので、治療の謝礼を意味する「生贄の鶏」は何のためか?

 どうも、この一節は、「生きていること自体が病気であるという意味」から転じて、デカダンス Decadence を表す一節とされているようです。

 下段で紹介する書籍、『治癒神イエスの誕生』の巻末に掲載されている「キリスト教神話の構造シンポジウム」の討議のなかで梅原氏が、著者である山形氏に問いかける一節で紹介されています。  

 ちなみに、そのアスクレピオスについて
 ↓

アスクレーピオス
Ἀσκληπιός, Asklepios
はギリシア神話に登場する名医。ラテン語ではアイスクラーピウス(Æsculapius / Aesculapius)という。長母音を省略してアスクレピオス、アスクラピウスとも表記される。 アポロンの子孫とされる。
Wikipedia参照


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 このアスクレピオスの左手に握られている蛇杖は 、医療の現場で見たことあるマークですね。 蛇の神様と揶揄されることもあるそうですが、当時、画期的な医療手術をおこなった神様として崇められていたようです。ちなみにヒポクラテスはアスクレピオスを旗頭とするアスクレピオス医師団(神官)に所属していたそうです。

 ギリシャのペロポネソス半島のエピダウロスEPIDAURUSは、このアスクレピオスの神域、つまり、アスクレピオス医師団のテリトリーです。この時代には異質なことですが、この医師団はエピダウロスに限らず、各地を巡回していたようです。

 もうひとつ驚くべき史実は、このアスクレピオス医師団には、その当時、大胆な外科的切開手術を行った資料があるそうです。失敗して、結構な数の患者を死なせているみたいです。この時代の技術で切開手術をすれば当然と言えます。
 但し、治癒した患者もそこそこいたようですので、病気にかかった者を神に呪われたものとして蔑視し、社会から追放していたこの時代背景を考えれば、この神のもとに患者が殺到した事も頷けます。 

 また、アスクレピオスの治療方法自体も、かなり、奇妙なもので、先述の書籍の中にも記載されていますが、ギリシャに関する新書のなかにも、このような内容が書かれていました。

 ―ギリシャを巡る 萩野矢慶記 中公新書1748―
P61『いけにえの動物を殺した後、患者はアバトンと呼ばれる仮眠所で毛皮を巻き付けて眠る。そこで見た夢を神官が解釈して、必要な治療を指示した』  ということらしいです。この神官はアスクレピオス医師団にあたります。

 この逸話に関しても、アスクレピオス自体が、一度死んで復活した神様ですので、このような奇妙な方法をとっていてもさほど不思議ではないですね。

 「死んで、その後に復活する 」神? 乾季と雨季  呪詛の地=砂漠・荒野

 それでは、「治癒神イエスの誕生」のタイトルにあるイエスとアスクレピオスは、どういう関係があるのか?という点ですが、同時代において、治癒神という立場をめぐり、イエスはアスクレピオスと競合していたようです。最終的には、イエス亡き?あとに、イエスの神話として、アスクレピオスを含めた諸々の治癒神(ヤハウェ、バールなど)の神話を糾合し、トレースしていくようですが、まぁ、このわたしの説明では十分ではないので一読をおすすめします。

治癒神イエスの誕生 (ちくま学芸文庫)治癒神イエスの誕生 (ちくま学芸文庫)
(2010/08/09)
山形 孝夫

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 もともと、本書は、舞狂小鬼さんのブログで紹介されていたものでして、面白そうだったので購入して読んでみました。
久しぶりに良い本にあたりました。
 これからは、山形氏の他の著書もチェックしておこうとおもいます。 ハルナックやブルトマンという神学者からヒントを得て、本書や他の作品を著述されたようですが、どちらも初見の学者でした。ハルナックは岩波文庫にあるのかな?


 読み始める前は、神学関係中心の著述だと考えておりました。そのため、キリスト教史を頭に入れるぐらいのつもりでいました。しかし、いざ読み進めてみると、実際には、神学というより、文献学か文化人類学系の著作をおもわせるような、広範に及ぶアプローチで説明がなされており驚きました。

 また、古代社会における守護神の統合原理を、旧約聖書の「ヤコブの(格闘)組み打ち」をとおして説明しているあたりは、「なるほど」と関心させられるばかりでした。絵画(ドラクロワやドニの作品)では天使との格闘として描かれていますが、実際には、兄のエサウではないか?などという意見も本書のなかに出てきます。
 ヤコブと格闘した「正体不明の何者」かが誰にせよ、この物語が、「部族間(統合)闘争の物語」であるという著者の意見が一番しっくりときます。 

  また、本書では、イエスを「治癒神の系譜」の中に見立てており、同系統の神話との関係性を説明されています。パウロ以前のイエス = つまり、(パウロ以降はスルーしていた)超自然的治癒力を有するイエスの存在 をどう解釈するか?を現実的に問うことになり、かなりエキサイティングな論説になっています。
  
  この本の内容が、護教的な立場で信仰している人たちからは、どのように映るのかが興味深いところです。 そのような意味でも、山形氏の功績は多大なものがあると考えています。

 ちなみに、第二部には、 バタイユの言う「供犠」も出てきます。 「有用性の限界=蕩尽」 自分がバタイユの作品で、誤った解釈をした内容を 本書で改めて確認することとなりました。

図説 聖書物語 旧約篇 (ふくろうの本)

図説 聖書物語 旧約篇 (ふくろうの本)
(2001/06)
山形 孝夫、山形 美加 他

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 もともと、この著者は宗教人類学を専門としているようなので、神学に限定せず広い範囲の文献を つかって説明しています。  ↑ この図説聖書物語も絵画を交えて説明していて面白いかったですね。

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