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Complexity

                                                                                            



 あらかじめ、断わっておきますが、本書『複雑系』の内容に関してはほとんど触れません。
今回は、舞○小鬼さんの記事に感化されて、同書の経済学に関する部分を切り口として、経済学について考えるための覚書のようなものです。 
 
 あくまでも個人的な見解ですので、不勉強な部分もありますがご容赦いただきたい。
 
たとえば、経済学を学んでいれば、お金儲けが上手になるのか?
経済学を知っていれば株価の動向が読めるのか? 経済の未来予測は可能なのか?

 どうでしょうか?
私は、不可能だと考えています。
たとえ本書に登場するような「ガラス箱の中の経済」で人工エージェントから精密なモデルを抽出することができたとしても、経済が予測不可能なものであるという前提は覆すことができないとおもいます。
 なぜなら、経済における現実世界のエージェントは、必ずしも合理的だとは言い切れないからです。このことは本書(第四章前半)のなかにも書かれていますが、経済主体が大きくなればなるほどそれらのエージェントの活動の予測が不明瞭になります。その行動パターンも混沌としてきます。『合成の誤謬』 もありますので、合理的か否かは経済主体によってもことなるといえます。 
 
 また、(経済主体がマクロの場合において)経済学は、物理学とはことなり、容易に実験を行って理論の立証ができません。たとえ、経済学による<政策などの>社会実験が可能だとしても、その効果を確認するためには、タイムラグが生じる場合もあり長期間におよぶ経過観察が必要となります。また、社会実験に用いた政策とは関係のない要素が結果に影響を及ぼすことも予測されるためその立証は困難であると考えられます。

  従来の新古典派経済学においては「完全無欠な人間が、完全な情報を得て、正確な合理的判断を行う」 ことを前提としています。この前提となる経済学的仮定は、「経済人=ホモエコノミクス(以後H.E.と略す)」というモデルに由来します。
 このモデルとなる人間には、感情や思いやりの類は有していないので、たとえ、自分の親や子供であろうと関係なく、正確な(非情といえるほどの)合理的判断で接します。  

 このようなモデル、「経済人H.E.」に疑問をもった経済学者のひとりが、本書のブライアン・アーサーであります。同様にアジアで初めてのノーベル経済学賞を受賞したアマルティア・センも『経済学の再生』のなかで 同様の考えを述べています。
―自己利益最大化― 
 いわゆる分配を扱う『厚生経済学の基本定理』で出てくる、『パレート最適』にのっとって、このモデルとなる人間を表すと怖ろしいことが想像できます。

 ただ、現在では、行動経済学をはじめとして、(経済主体がミクロの場合において)経済学もかなり緻密な理論を有しています。より実際の人間に近いある意味では非合理なモデルを構築しています。 

 本書「複雑系」はおそらく、セクショナリズムに陥っていた戦後の学術界が、サンタフェ研究所をひとつのステージとして少し ずつ各専門分野が融合していく様子を描くことを目的としていたのではないかと思われます。
 いわゆる「象牙の塔」から出てきたスペシャリスト達が議論を交わすシーンはすごく興味深いです。



 
 本書の中でも、「新古典派」経済学と いう言葉が頻繁に出てきますが、ここで、サラッと「新古典派」経済学がらみの思想についてもおさらいをしてみます。


①新古典派neo-classical economics
 1870年代ジェボンズ、メンガー、ワルラスによって「限界効用理論」が構築、古典派と同様の市場観をもちつつ、このあたりから、より厳密な数学的手法を用いる体系を取り込む。

②「新古典派総合」
 「新古典派総合」は、この「複雑系」P32に登場するポール・A・サミュエルソンという人物によって提唱されています。                                                                                                                               本書「複雑系」の言葉を借りて、別の言い方でこの人物を表すならこんな↓カンジでしょうか。
 
 1955年に『経済学を物理学なみに厳密かつ精密な科学にしようと意を決した「反抗分子」の一人であるサミュエルソン』により提唱された。

 サミュエルソンは、「新古典派総合」において、ケインズ政策による「完全雇用」の達成後、市場の価格調節機構にゆだねる経済を提唱。
 
 ちなみに2007年の「東洋経済」6/2 第6083号にも、サミュエルソンのインタビュー記事が掲載されており、(当時92歳でありながら)その聡明さに衰えがないことを証明していました。 2006年に他界したフリードマンとは経済学の理論とは近からず遠からずといった感じで、相反していましたが、70年間にわたる友人であったようです。70年間もフリードマンの相手をするのは大変だったろうなぁと感慨深く同記事を読んだのを思い起こしました。
 というよりも、5年前の当時、まだ存命であったことに驚きました。

また、このサミュエルソンは、下記の書籍にも、一文をよせています。
クルーグマン教授の経済入門クルーグマン教授の経済入門
(1998/11)
ポール・クルーグマン
商品詳細を見る


                             
割引効用理論 DU(C0 ,C1)= U(C0) +  U(C1 
                                     1+ρ
 

 サミュエルソンは、上の割引効用理論でも有名です。行動経済学に興味のある方は、この割引効用理論と時間選好率から、割引効用アノマリーを考えてみると面白いのではないでしょうか。




 フリードマンを筆頭とする
③マネタリズムの台頭→サプライサイド・エコノミクス
 マネタリズムでは、
インフレを貨幣現象とみなして、貨幣供給量を操作可能とし、貨幣の増大とインフレを比例的な関係とみなすことを前提としている。金融政策における政府の介入を停止させ、通貨供給量を一定にすることで物価を安定させることを主張
 サプライサイド・エコノミクス
日本における小泉政権時の竹中氏の目指した政策がこれにあたる。
経済の停滞理由を、投資、貯蓄といった供給サイドの不足に求めており、
いわゆる古典派におけるセイの法則「供給それ自体が需要を作り出す」の復活である。 
具体的には、民間投資を活性化させるための企業減税や規制緩和もしくは撤廃、民間投資の資金源である貯蓄増大をねららった社会保障費の削減などがある。レーガノミクス、サッチャリズムもこれに該当する。

1970年以降この二つの経済思想、すなわちフリードマンが主張した自由主義的な保守化傾向の経済思想が席捲

このあたりの理論はクルーグマンが徹底的にこき下ろしています。


④「新しい古典派」new classical economics

1980年代以降急速に発展した
人的資本論をとりいれたアプローチをふくむ内生的経済成長理論とリアル・ビジネス・サイクル理論を軸としている。
自分の6/4のブログhttp://g1976bata1lle63dead.blog110.fc2.com/blog-entry-120.html
でこのあたりのことを書こうとして、コブ・ダグラス型生産関数で中途半端に書き終えています。本当は、ソローモデルからローマーモデル(アイデアの経済学と経済成長の関係 アイデア非競合性収益逓増不完全競争)までつなぎたかったのですが。次回に持ち越しです。 

とくに、新古典派というと上の①と④が混同されがちですし、日本語では区別し難いです。





脱線してしまいましたが、
 「サンタフェ研究所」http://www.santafe.edu/ が舞台となる本書では、その設立以前から設立後のワークショップまで 
様々な著名人が登場します。 
 個人的には、スチュアート・カウフマンに興味を持っています。面白い人物ですね。どれだけ、ころころ専攻かえるんだ(笑)。アメリカでは、こういうタイプの学術者多そうですね。

 この本の面白いところは、垣根が取っ払われた状態
本来、交錯することがないような分野間においての会話や議論が知的好奇心をくすぐるからではないでしょうか。


「利己的な遺伝子」のリチャード・ドーキンスとかは、 あきらかにワークショップからアイデアを拝借して同書を書いていそうです。



image 地球② 




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